[61] 東へpart2


金曜日も東京出張でした。新快速で米原へ着くちょっと前、ゆるやかに大きく左にカーブする時、いつも、田んぼの向こうに、伊吹山が見えます。
最近は、途中の富士山も珍しくなくなってしまいましたが、何やら考え事をするのには十分な時間です。

黄金まじりの 穂がそよぐ
まぶしく かすんで立つ 伊吹
車窓に 静かに 流れゆく

風にゆれて ちらちら 葉
気流におされて モクモク 雲
それでも 空は 動かない

青のカンバスにのせられた
緑を白の絵の具の中を

さあ 関を越えて
行こう 東へ

<雨降りです、暑くなくていいけど。スイカがおいしいと言える天気がいいなあ。>

[テノール高木です (2014/08/24 Sun 16:24) ]

[60] 雨の季節


例年になく、早くそして強く、暑くなった感があります。でもちょっと梅雨の気配も。そう、夏はまだ。と自分にも、自然にも、そういいきかせたい、と思います。

夏のような日ざしが
 季節の境目に押し戻され
 すこしやわらかい
草木をうるおす 梅の雨のにおいがする

春のかすみがとれないまま
 新緑が芽吹き 紅や黄の花がさく
けれど 奥の重りに引っぱられ
 体は開かない

庭に、はじめて青い花を塗る
 何かを 変えたくて

そして 水無月の朝
 大きく 息をはく
 かすみが晴れ
 心に風が入る

明るいくもり空
 エネルギーをくれる
 雨の季節は 近い

<がんばるぞーーー>

[テノール高木です (2014/06/02 Mon 11:33) ]

[59] くちびるに歌を


たぶん昨年の今頃、新聞に中田永一著「くちびるに歌を」をいう本の紹介が掲載されました。音楽会で歌うことになっていた曲と同じタイトルだったので、図書館で予約したのですが、27番目くらいだったと思います。先日ようやく順番が回ってきて読むことができました。内容は、長崎の五島列島にある島の中学校の合唱部の話で、Nコンに向けて練習をしていくという設定でした。課題曲は「手紙 〜拝啓 十五のあなたへ〜」。これもちょっと前に歌った曲だったので興味深く読みました。
 「くちびるに歌を」というのは、そう昨年の音楽会で歌った、ドイツの詩人の詩を信長さんが訳したあの「くちびるに歌を」でした。本では、出産のため休暇に入った合唱部顧問の松山先生が部員に対し、『くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で』とはげましたところで使われていました。
 「千と千尋の神隠し」の「いつも何度でも」の中でも『かなしみの数を言い尽すより 同じくちびるでそっとうたおう』と歌われています。そう、いつも、いつまでもくちびるに歌を持っていたいと思います。

<では>

[テノール高木です (2014/05/18 Sun 16:04) ]

[58] 更科源蔵さんの詩(2)


良いお天気ですね。そんな中、昨日、「北斎」の絵を見に、神戸市立博物館に行きました。有名な冨嶽三十六景の版画も見られてよかったです。でも、版画なので思っていたよりサイズが小さいと感じました。最近はテレビの画面が大きいので、実物より拡大して見ていたことを再確認しました。そして今日、日曜美術館(NHK)で北斎漫画と取り上げていて、生物や人物の動きの瞬間をとらえたスケッチ(筆でなのでしょうね)を改めて、じっくりと味わうことができました。

さて、更科源蔵さんの詩(2)、「コタン詩集」から、
「怒るオホーツク」です。

暗澹たる空の叫びか
滅亡の民の悲しい喚声の余韻(@本当は古い漢字)か
オホーツクの風
世界の果の巨鳥は今も尚羽ばたくのだ
民族とは何だ 種族とはと

海は風にのみグウーンと怒るのか
逆立つ牙は恥づべき不徳の足跡を削らうとするのか
非道の歴史を洗ひ去らふとするのか
オホーツクの海
石器は滅び骨は朽ち
興亡の丘に蝦夷百合は乱れる

暴風雨(あらし)は遠い軍談(サゴロベ)を語り
敗北の酋長(オツテナ)が眠る森蔭の砦(チャシ)に
穴居の恋を傳へて咲く浜薔薇(はまなす)は赤く
濡れた海鳥の歌ふのは何の挽歌だ
オホーツクは怒る

<では>

[テノール高木です (2014/05/04 Sun 13:19) ]

[57] 更科源蔵さんの詩


今度歌うことになった「海鳥の詩」の詩を書いた更科源蔵さん。他にどんな詩を書いているのかと詩集をめくっておりました。もちろん北海道の景色が多いのですが、そんな中、印象に残ったのが以下の詩です。

「7月」

夕立が熱さを洗って行ったあと
カッパは水かさのふえた沼の中で
蒪菜の茎につかまって首だけ出し
ポカンとしてきれいな空を見上げていた
すると目の前からびっくりするほど綺麗な虹が
キラキラする空へみるみるのびていった
(途中略)
あしのうらでしっかりと虹に吸いつき
次の足も虹の上にのせてみた
水からも土からも離れてカッパは一尺ほど空に浮いた
(途中略)
“俺は神様になれるかもしれない”
さうしてとうとう雲の峰にたどりつき
豆粒のやうに見えた姿が雲の中へ見えなくなってしまった
本当に神様になったかどうか
それきりカッパは沼へは帰って来なかった

<日本現代詩文庫「更科源蔵詩集」56頁
<詩版画集『河童暦』より>

[テノール高木です (2014/04/06 Sun 19:03) ]

[56] 窓ガラスの上の夢


3月に入り、気温は低いものの、太陽光パネルの発電の数値も高くなり、やはり春は近いと感じます。では、春にならないうちに、冬の名残りの詩を。

フッと息を吹きかけると 
 現れる 白いカンバス
 人さし指で 書いてみる
 やわらかな風景の上に
 浮んだ「あ」
 ゆっくり ゆっくり 飛んでいく

人いきれで だんだんと
 濃くなる 白いカンバス
 人さし指で 書いてみる
 にじんだ灯りを背景に
 浮かび上がる「しあわせ」
 いつか 水蒸気として消えていく

冬の車内
 そこにも ここにも
 たくさんの夢が
 窓ガラスの上に ある

<では、また>

[テノール高木です (2014/03/09 Sun 12:09) ]

[55] 東へ


最近、東京への出張が増えてきました。米原乗り換えで新幹線利用が多いです。少し前に、京都から見た、あるいは、近畿から見た、「関」はどこか、という話題を聴きました。「逢坂の関」か、「関ヶ原」とか、言っていたように記憶しています。というわけで、

明るい 冬田の向こうに
雄々しく そびえる 伊吹
削りとられた 石灰岩の山肌に
降りつもった雪が
白く輝く

ふり返れば
湖(うみ)の向こうに
比良の山なみ
落ちついて たたずむ

さあ 関を越えて
行こう 東へ

今日も 故郷の
大地を確めて
そうして 未来へと向かう

<では>

[テノール高木です (2014/02/23 Sun 16:47) ]

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